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飯舘村における農業再生と風評被害払拭のための教育研究プログラム」の紹介ページです。

事業の背景と目的

蓄積されてきた大学知を教育活動にも展開し、飯舘村の現地にて教員と共にフィールド研究を行うことで地域復興のあり方を考えさせる教育研究プログラム
2011年3月11日の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、原発事故)により、放射性物質(主に放射性セシウム134と放射性セシウム137)が環境中に放出され、広大な地域が汚染された。放射線量が高い地域に対する国の避難指示により、福島県内では約16万人が避難した。避難指示が出された地域は中山間地が多く、山からの湧き水の利用、山菜の採取など昔から自然との繋がりの中で生活してきたが、今回の原発事故によりその繋がりも一瞬にして分断された。
懸命な除染と、放射性セシウムの自然崩壊(セシウム134の半減期は2年)により空間線量は大幅に低下し、2017年3月までに、一部の地域を除き飯舘村の避難指示が解除され、原発事故で分断された人と自然との再共生が始まろうとしている。しかしながら、飯舘村の調査によると、村に戻りたい、または、まだ判断がつかない人数が村民の半数程度を占めている(広報いいたて2017年4月号)。戻りたいが戻れない理由として放射線に対する不安が拭いきれない現状と共に、戻ってきてからの仕事の心配をする方が多い。こうした状況の中、定住判断を保留しつつも避難先から村に通って農業を再開している飯舘村民もいる。
そんな中、申請者らは原発事故の3か月後から現在に至るまで飯舘村の現場に赴き、NPO法人と協働で農家自身ができる農地除染法を開発して作物栽培を重ねてきた。この間、事前に放射線教育をした上で、現実を自分の目で確かめてもらい風評被害を軽減するために学生を対象にした現場見学会を実施してきた。こうした一連の活動を通して、地域再生を考える上で最も重要なのは放射能汚染地というハンデにめげずに新しい日本型農業の創設にチャレンジする若者を育成することであるという考えに至った。すなわち、復興を単なる技術的な除染という視点でとらえるのでなく、次世代を担う若者の育成という視点から進めることが重要であると考えるようになった。
また、飯舘村の復興には、これまで培ってきた地域独自の農業の復興が欠かせない。しかし上記の通り原発事故以前と同じ人口密度状況下で村全体の農業を進めることは現状不可能である。村内における農業従事者の数が定常的に少ない社会環境と、土壌や農業利用地における放射性セシウムなどを考慮しなければならない自然環境の両状況を踏まえた農業復興への仕掛けが必要不可欠である。そのため、本申請代表者は平成29、30年度に地域復興実用化開発等促進事業で「安全な農畜産物生産を支援するICT営農管理システムの開発」を提案し、イノベーション・コースト構想の実現を進めているところである。今回は、これまでに蓄積されてきた大学知を教育活動にも展開し、飯舘村の現地に連れて行くことで、学生に「現場を見ることの重要性」を実感させると共に、教員と共にフィールド研究を行うことで大学の社会的価値と地域復興のあり方を考えさせる教育研究プログラムを実施する。

プログラム概要図  

プロジェクトの歴史

2017年3月31日 帰還困難区域(長泥)を除き避難指示解除
2018年3月5日 飯舘村と東大農学生命科学研究科の間で農畜産業復興に関する連携協定
2018年10月~11月 飯舘村ツアー&ワークショップを日本全国10大学から58名の学生を集めて実施
2019年4月 事業採択(2年目)